内田 悠
Dish Stand Lamp
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ガラス作家
ストックホルムを拠点に活動する。工芸ガラス作家だけでなくテーブルウェアデザイナーという側面をもつ。2007年スウェーデン芸術大学にて陶芸とガラスの修士号を取得。
STHLM GLASSについて
2017年に設立され、ストックホルム中心部郊外の旧グスタフスベリ磁器工場跡にあるガラススタジオ。
現在4人のガラス作家の共同作業場として、クラフトからアートピースと多岐に渡るガラス作品が日々生み出されている。
今回のガラス作品もメンバーの共同作業によって制作されている。
「吹きガラス」と一言で言っても、その技法には「型吹き」と「宙吹き」があり、それぞれ性質が全く異なる。型吹きでは、型によって全体の形が保持されながら成形が行われるが、宙吹きは基本的に部分ごとに形を作り上げていく。自重や重力・遠心力・吹き込みによる膨張といった力のバランスを巧みに操りながら、コテや洋ばしを使って成形を進めるというのは数ある素材の工法の中でも特殊なポイントである。
さらに、対象物が高温で溶解された粘度の高い液体であることも、吹きガラスの特徴的な要素である。この性質のため、材料に直接触れることができず、成形しながら正確に計測することが難しい状況と言える。また、高粘度の液体に凹みを作った場合、それが平衡状態を保つために徐々に平らな状態に戻る性質から、材料全体が常に動き続けているかのような状況で作業が進んでいく。 空中での力学的要素を感覚に頼りながらコントロールしている様は、加工や製作というよりも、材料が自然に動こうとする方向に寄り添い、誘導しているようにも見える。
まさに材料と対話をしながら、あたかも材料が「なりたい形」へと作り手が導いているようだ。 こうして生み出される、まるで自由曲線で描かれたような美しいラインは、不安定な工法である宙吹きならではの魅力と言える。
デザインの再現性を追求し、工業的に作られる均一な美。一方で、脳内にある完成イメージを作り手の感覚を頼りに形にする、不均一な美。ガラス作家でありデザイナーでもある山野さんは、この二つの美に深く思索を巡らせ、その対比を明確に意識しているように思う。「人間は顔や形、思想が皆違うように、宙吹きガラスも同じものは一つとして存在しない」と語っていたことが特に印象に残っている。彼女の作品を見ていると、個体差に優劣がないこと、また原型も複製も存在しないことに気付かされる。
では、山野さんの作品の美しさとは何なのだろう。
ただ、物としての佇まいが美しいということだけではない気がする。よく観察すると、ガラスが動いた軌跡を思わせるうねりや、部分的に現れるゆがみが、ガラス特有の「ゆらぎ」を生み出していることが分かる。ふと思いつき「ゆらぎ」という言葉を調べてみると、「物理的・数学的な平均値からのズレを意味する」とあった。それはまさに宙吹きガラスの魅力の本質を示しているようで、驚かされた。
デザインされたものには工業的な工法が適している。その場合、平均値からのズレは不適合品として問題視される。しかし、それは寸法や形、水平垂直といった基準が存在する世界での概念だ。原型も複製もない世界では、それらの基準は全く意味を持たなくなってしまう。ああ、唯一無二たる所以とはこの「ゆらぎ」の要素が重要なのか…そう気付いた時、真理に辿り着いたような気分になった。
今回の山野さんのガラスシェードをできることならすべての個体を見てほしい。凛とした佇まいのもの、アバタが特徴的なもの、あるいはゆがみがあるもの…どれをとっても、山野さんのガラスに対する想いが感じられる。個人的には特に、ゆがみのある作品に強く惹かれる。ゆがみがなぜ生じるのか尋ねたところ、山野さんは、成形の途中でガラスを金網に押し当てることで「材料の部分的な温度の低下」と「押し付けによる厚みの差異」が生まれると説明してくれた。その後、膨張の過程で温度や厚みの違いが偶発的な変形を引き起こすのだそう。「狙っても作れない」とのことだったが、確かに、あの有機的な形状は計算して目指すことは難しいだろう。このようにして生まれるゆがみが、まるで抽象芸術のような「ゆらぎ」を醸し出しているのである。
一般的には、アバタやゆがみを意図的に出すような創作はリスクが高く、避けられることが多いかもしれない。しかし、この実験的な試みこそが山野さんの独自性を示しており、彼女の手工業的な美への意識と意図を強く感じさせるものとなっている。
実は宙吹きガラスのような不均一な素材を吊り下げ型の照明シェードに使うことは非常に難しい。本題に入る前に、ガラスの吊り下げ照明が抱える2つの課題について説明したい。
照明の「支点」(ソケットが取り付けられる部分)とガラスシェードの「重心」が垂直線上にないと、照明が傾いてしまう。特に宙吹きガラスでは厚みが均一にならないため、重心の位置を正確に特定するのはかなり難しい。そして今回の宙吹きガラスは大きめの部類に入ると思うが、大きくなるほどそのリスクも高まってしまう。 宙吹きガラスでは製作の基準点となる「ポンテ」と呼ばれる位置があり、その位置に穴が開けられることが多い。しかし、完成したガラスシェードの重心は、そのポンテ位置とピッタリと一致することは稀なことではないかと思う。そのため、シェードの重心に合わせて支点(灯具の取り付け位置)を調整できる仕組みが必要となる。
灯具自体は精密に作られていても、それを支えるガラスが不均一なため、結果として灯具が傾いてしまう。それは場所によって違うガラスの厚みや表面の凹凸が原因である。フロスト仕上げや色付きガラスなら、内部のソケットの傾きが目立たないのだが、クリアガラスではわずかな歪みでも違和感が生じてしまう。
このような課題に向き合いながら、山野さんと照明はスタートしていったのだが、散々悩んだ挙句、以下の3つの解答に至った。
一般的な照明の構造での通常の穴径(10〜13mm)を大幅に拡張し、20〜30mmの開口部を設けた。これにより、灯具の位置を360°方向に自由に調整でき、ガラスシェードの重心に合わせることができる。
通常では灯具はガラスに「組み込まれる」構造なのだが、それをやめ、灯具が内側からガラスを「支える」構造に変更した。こうすることで、穴の余白を活用して支点を調整でき、重心のズレを吸収することが可能になる。この思い切った判断の裏には、山野さんのガラスを眺めるうちに、この透明な物体の外側に金属が存在することに抵抗を感じたのがきっかけだった。クリアガラスの空間に溶け込むような調和性と、硬質で滑らかな質感が金属によって損なわれる気がした。「+bowks」の理念は、作品が主軸であり、照明が際立って目立つべきではない思っている。
灯具を支える部分に三本の支柱を設け、それぞれの先端をネジにした。このネジが「アジャスター」として働き、ガラスの凹凸や厚みの違いに対応する事ができるのではないかと考えた。また、支柱の持ち手部分を長くすることで手で調整できるようにし、設置後の微調整を簡単にしたいと思った。
こうした狙いは、まぐれかもしれないが見事に機能してくれた。今だから言えるが、最初に山野さんの作品の素晴らしさを目の当たりにした時は、重圧からこのプロジェクトを放棄したいとすら思った。
完成した照明を見て感じたのは、「課題」は単なる障害ではなく、うまく向き合えば魅力にもなるということだ。宙吹きガラスの柔らかい曲線と、工業的な精密部品が調和することで、対照的な美しさが生まれる。
「デザインとは何か?」という問いに明確な答えは持っていないが、機能や構造から生まれる美を追求し続けたいと思う。
Yoko Andersson Yamano
+ bowks